ギター寅さんの日記 |2013年10月22日 ニッポンは、本当に美しい国です。

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2013年10月22日 ニッポンは、本当に美しい国です。

藪から棒に、おっさん何を言うてるねん、と突っ込まれそうですが、出張や外出で新幹線に乗ると、ほんの数分で郊外の農村風景に出くわします。

なんら変哲のない、日本の郊外や農村風景、たしかに最近は大資本のショッピングモールが目にはつきますが、美しい緑と山々、海や川、本当に日本という国は美しい国だなあと思います。

そういう風景をみていると、わたくしどもの遠い祖先が自分の周りにあるすべての事象に、神が宿ると考えたのは、ごく自然なことなんだなと思います。

そう、日本は八百万に神が宿る国なんですよね。

だから、わたくしども日本人の精神性は柔軟性があって、仏陀にしろキリストにしろ、入ってきたときにそれを排斥するのではなく、日本の気候風土にあわせて、それらをも「文化」として包み込んできたんだと思います。

それに、あちらこちらに神様がいる、すなわち「誰かが見ている」と意識できるからこそ、日本人は世界的に見ても正直で誠実な人たちなんだといわれるのだと思います。

町を歩いていると、歩きタバコをしていたり、電車の中で年寄りに席を譲らなかったり、ヘッドフォンから音が漏れらしているような人に出くわします。

もちろん、そういう人たちには「他人から見られている」という意識が低い、ようするに、「気がついていない」がゆえに、そういうことができるわけであり、それは、誰かが注意をしないとやはりわからないものです。

だからわたくしは、そういうのは、直接やめてくれというようにしています。たいていは悪気のない人たちなんで、普通に話せばわかってくれます。

でも、いまやネットの時代。そういう人を写真にとってSNSでアップして糾弾し、あたかも自分は正義の味方だ!っていうふりをする人がいます。そんなことをするぐらいなら直接その人に言えばいいのに。

また、そういう人たちは、すぐに条例や法律をつくって、なんでもすぐに規制するべきだと言います。自分の勇気のなさを棚に上げて何を頓珍漢なことを言っているんでしょうか。

わざわざ議員に高い報酬を払ってまで作る法律や条例でもあるまい。だって、たった一言「ちょっと勘弁してもらえませんか?」と言えば済むことじゃないですか?

結局、勇気のない正義、中途半端な正義感なんて、おそらくこの世界で一番の悪なんです。だって、何一つ問題を解決できないのですから。

そんな役に立たないものを、つまらないプライドと一緒に持っているぐらいなら、他人と喧嘩にならないように話をするスキルを磨くほうが、よほど有益です。

ちょっと本題に入るまでに回りくどくなってしまいましたが、要するに何が言いたいのかというと、日本人の心には、たくさんの神様がいると思うんです。

それとおなじで(かどうかはわかりませんが)、わたくしどもが扱っているギターを弾くプレイヤーの中には「ギターの神様」と呼ばれるような人がいたりします。

わたくしにとって、ギターの神様は八百万ではすみません。トッププロからアマチュアまで、わたくしには神様だらけです。すくなくとも、わたくしに恵みを与えてくださるプレイヤーの皆様は、間違いなく「ギターの神様」です。

でも、とある「ギターの神様」が好きすぎるあまり、そう、その「信仰心」が強すぎるあまり、他人に「自分のギターの神様」を崇拝することを強制するような人がいます。

平たい言い方をすれば「ギタリストを目指すのなら~のプレイを聞くべきだ」みたいな言い方をする人です。それって、なんかわたくしにはすっと入ってこないんです。

まあ、たしかにそうなんだけども、「それ以外にもいいのあるよ」って言いたくなるんです。

この間言ってた「傲慢なアマチュア」「自称プロ」みたいな人たちにも共通するような感じもしますが、ともかくそういう人たちはとても視野が狭いんです。

で、他人から自分の「教義」の不備を指摘されるととたんに不機嫌になったりします。言葉を選ばずに言いますが、そういう人ってのは、結局ただの「バカ」なんじゃないかと思います。

これだけ、音楽や楽器の選択肢があり、それこそ、神様がごろごろいる世界のなかで、何でそんなにも狭い視野の中で生きようとするのでしょう。

それに、この世界に絶対なんてあるんでしょうか。そもそも、その人だってその先何年ギターを弾けるかもわからないし、そもそも、その人が完璧なプレイヤーとは何かという定義は、きっと誰にも決められないのにです。

最近思うのですが、おそらく音楽は宗教とよく似ているなあと。

その教義の夢中になり、視野が狭まれば狭まるほど、人は自分の限界を棚に上げ、まわりにあるものから目をそらして、何かに帰依しようとします。でも、それが結局は自分の感性や自由な発想を縛り、他人への寛容さも失わせるのです。

「絶対」とか「常識」ということばを、常に疑ってかかるセンスがなければ、柔軟な発想は生まれません。でも、残念ながら何かに帰依しようとする人に、そのセンスをもたせることはおそらく不可能かもしれません。

結局は自分で気がつかない限り、わからないのです。

そんな中で音楽をやって何が面白いのでしょうか。音楽の世界には、きっとたくさんの神様がいます。リペアをしながら思うんですが、でなければ、ギターだってこんなにも種類はないって思うんですよ。

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プロフィール

ギター寅さん

Author:ギター寅さん
※なお、このブログの文章や写真、ファイルなどに付きましては、管理人ギター寅さんこと古谷周治は権利を放棄しておりません。引用・転載ご希望の方は、www.gwnn.infoまでご一報ください。無断引用・転載を発見しました場合は法的措置を取らせていただく可能性がありますので、十分ご注意ください。



1994年 京都精華大学人文学部人文学科卒業 8年間の仏具製作卸売会社勤務の後・・・、

2002年 ESPギタークラフトアカデミー大阪校本科修了、

2003年 アメリカ・アリゾナ州Roberto-Venn School of Luthiery秋クラス修了、

2004年 サンフランシスコでエレキギター工房、CenterLineGuitarsの立ち上げに参加

帰国後は木工職人、楽器店の修理担当をへて、現在に至る。


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