ギター寅さんの日記 |2011年7月1日 わかりにくさとは罪である。

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2011年7月1日 わかりにくさとは罪である。

 連日、原発関連のニュースを見ていて、なんで、僕らはこのニュースを見ているだけでいらいらしてしまうのか、ニュースの解説をする人が、安全だと繰り返すたびに余計に不安になるのはなぜなぜなのか、株主総会で役員席に並んだ東電の幹部をみていると、ドリフみたいに頭の上に金盥を落としてやりたい気分になるのはなぜなのか、そんなことを考えることがあります。

 それは、多分、「わかりにくい」からだとおもうのです。ふと、思いました。そして、自分のことを振り返らされました。いわゆる専門家や技術者というのは、ときどき、わかりやすく説明しているつもりでも、相手に伝わらないことというのがよく起こります。それは、わかりやすけりゃいいってもんじゃない。」とか、「価値のわかる人だけにわかればいい。」なんていう気持ちがどこかにあるからだと思います。

 たとえば、とてもすごいギタリストがいたとして、その人に彼女ができたとしましょう。彼女は音楽はあまりよくわからないし、とりあえずカラオケに行けばAKBを歌い、ベースとギターの見分けもつかない、そんな彼女だとします。そんな彼女が、「どんな音楽をやっているの」ときいたら、そのギタリストはどうするでしょうか。「おまえになんかわかるか、わかるように勉強してこい。」なんていったら、その彼女はどうなるでしょうか。

 ひどく傷つくとは思いませんか?

 本当に大事だと思っている人から、「どんなことをしているの?」と聞かれたら、ふつうは必死になってわかりやすく説明しようとするでしょう?他人にわかりやすく説明しようとする気持ち、それを「愛」というのではないのですか?なんで、その「愛情」を学者や専門家は、なぜ周りにいる人に平等に配ろうとしないのでしょうか。原発事故で記者会見をしている人たちを見ると、本当に「愛情」を感じることができません。

 いや、でも、記者会見をしている人の中で、カツラをかぶった浅黒い銀縁眼鏡の人は、日本国民のみならず、原発事故で苦しんでいる人たちにはこれっぽっちも愛情を示さず、同じ職場にいる若い女の人に愛情を注いでいたというではないですか!本当なら「けしからん」となるところですけれど、この期に及んで不倫ができるなんて、少なくとも他人に注ぐ愛情がまだあったのですから、この人にはまだ、人の心が残っていたのだと僕は妙に安心したのですが。

 話がそれてしまいましたが「わからんやつにはわからんでいい。」なんて言い放つ輩は、結局自分のことしか考えていないのと同じなんです。自分のもっている専門知と世間知を明確に分ける、あるいは、世間知を否定して、自分の専門知だけを肯定するということは、裏返して言えば、自分以外の人間を見下しているのと同じです。言葉を選ばずに言ってしまえば、それは「傲慢」以外の何物でもありません。

 先日も、漆ギターの特許申請を取り下げたと書きました。それは、いいものであるなら誰でも好きなようにやればいいし、それを独占するのは何か違うと思ったからです。そして何よりも、うちがお願いしている漆職人さんの技量をもってすれば、「他には負けない、いいものが絶対にできる」という全幅の信頼を置いているからです。そんな、いい品物をわかりやすく説明して、納得して買ってもらう。それが「愛」じゃないですか。そうして手に入れた楽器だからこそ、買ったほうも「愛着」もわくわけでしょう。
 
 楽器店員や、楽器職人が思っている「いいもの」というのは、必ずしも買い手すべてにとって「いいもの」とは限りません。先日も、面の割れていない楽器店をいくつか回り、いろいろな商品を薦められてきましたが、みんなそのことを忘れているように思えてなりません。入るなり、とあるセミアコを勧められたときはびっくりしました。

 たぶん、この世界「正しいこと」や「間違っていること」なんていうのは、立場が変わればどんな風にでも変わるもので、偏ったものさし一本を持って歩き回るのは、とても危険なことです。それよりも、どこかで、何をすることが「おもしろそうなのか」を考えていないと、今の時代頭がパンクしてしまいます。

 専門家の言うところの「正しさ」をめぐる議論なんていうのは、実はとんでもなく「つまらない」ことなのだと思います。人は「正しさ」だけでは動きません。人々は敏感に「正しさ」の後ろに隠れている、不正や嘘のにおいを嗅ぎ取るからです。専門家の人たちにとっては面白くもなんともないことかもしれませんが、僕はそれでいいと思っています。

「100万円のギブソンより、1万円のフォトジェニックがいい。」ということも、それなりに正しさがあり、面白さがあるからです。

 そして、世の中は、たぶん正解がないからこそ面白いんだとおもいます。「~はこうあるべきだ。」というよりも、「~をしたらおもしろいかもしれん。」と考えるほうがはるかに健康的で前向きだと思います。ひとそれぞれ、面白さの基準はばらばら、それでいいんです。むしろ、唯一の正解に向かって、みんながいっせいに走り出すなんてことは、実はとても危険なことで、専門家がそれをけしかけて、人々のものの考え方や手足に縛りをかけるなんて、何よりもくだらない。

 みんなが、専門家が「いい」という楽器をもって、同じような演奏をしているなんて、それこそ薄ら寒いことではないですか。北朝鮮のマスゲームじゃないんですから。

 いま、僕が目指しているのは、ギターの初心者の人がどこまでも話しかけやすい専門家になることです。これがいい、と僕の価値観を押し付けるのではなく、その人にとって何が面白いのか、を考えられる専門家になりたいとおもっています。知識や技量を持ったすばらしい専門家は山ほどいます。でも、面白さをかんがえられない専門家は、ただの気難しい人でしかありません。そんな風に見られるのは僕としても望むところではありません。



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プロフィール

ギター寅さん

Author:ギター寅さん
※なお、このブログの文章や写真、ファイルなどに付きましては、管理人ギター寅さんこと古谷周治は権利を放棄しておりません。引用・転載ご希望の方は、www.gwnn.infoまでご一報ください。無断引用・転載を発見しました場合は法的措置を取らせていただく可能性がありますので、十分ご注意ください。



1994年 京都精華大学人文学部人文学科卒業 8年間の仏具製作卸売会社勤務の後・・・、

2002年 ESPギタークラフトアカデミー大阪校本科修了、

2003年 アメリカ・アリゾナ州Roberto-Venn School of Luthiery秋クラス修了、

2004年 サンフランシスコでエレキギター工房、CenterLineGuitarsの立ち上げに参加

帰国後は木工職人、楽器店の修理担当をへて、現在に至る。


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